2013年10月19日

読売新聞連載小説「怒り」辰哉からの手紙


外のコインパーキングを眺めながら、また事件のことを考え始めていた泉は、断ち切るように窓を閉めます。

自分さえあの島にいなければという思いがまた強くなり、それが顔に出ないようにじっと堪えます。

泉が全て自分のせいだと感じているように、母もまた、全てを自分のせいだと思い込んでいて、

横浜に来て以来お互いにその話に触ず生活している。。。

さりげない会話をしていても、内容とは裏腹に母の表情はなぜか暗く、

どうしたの?と尋ねた泉に、わざとらしく何かを思い出したふりをした母は、

そういえば、波留間のペンションに辰哉くんから手紙が届いたみたいなの、

自然を装ってはいるものの、告げるべきかどうかをそうとう迷っていたことが母の表情に残っています、

辰哉に手紙を送ったことを謝る泉、

謝ることなどないけど、なんて書いたの?と尋ねる母、

悩みに悩んだ末に書いた手紙でした。何をどう書けばいいのかまとまらず、結果的に書けたのは、自分だけが島から逃げ出してしまったことを謝っただけの、とても短いものだったからです。

その手紙に辰哉が返事を送ってきたのです。


いつものように早めにバイト先に着いた泉がロッカー室に入ろうとすると、マネージャーから、ちょっといいかな、と呼び止められます。

どうやら、母の就職が難しいと感じた泉は、高校を辞め、バイトの日数を増やして働きたい、と申し出たのか?

それに対し、マネージャーは、

やはり高校だけは卒業したほうがいいい、ウチも泉ちゃんと同じ母子家庭だからお母さんの気持ちが分かって辛い、経済的なことで娘に高校を諦めさせるなんて、普通ならそうだと思うの、だから高校だけは卒業して、その時まだ泉ちゃんの気持ちが変わっていなければ、正社員にもなれるし、私が全力で応援するから、

親身になってくれるマネージャーには心から感謝しつつも、「普通ならそうだと思う」という言葉がなぜか引っかかる泉、

自分が普通なのかと不安になり、普通の人に、自分は普通じゃないとどう伝えればいいのかわからない、たとえ全部話せても、伝えられる自信がありません。

マネージャーが店に戻った後も、泉はその場にしばらく座り、バイト仲間の誰かが置いていった雑誌を見るともなくページをめくっていると、

先日映画の宣伝で来日していたアメリカの俳優特集ページでふと手をとめます。



泉が北見という刑事を偶然見かけたのは先週でした、母と久しぶりに出かけた新宿で手芸専門店に向かう途中のことでした、

北見は映画館の前で上映時間を調べていて、腕時計をちらっと見ると劇場に入って行きました、

泉は思わず、母を待たせ、刑事の後を追います、声をかける勇気などないのに、なぜか勝手に体が動きます、

北見はチケットを買い、連れはおらず、一人で映画を見にきているようでした、休日に刑事が一人で見に来ただけのこと、しかし、泉にはその光景がとても残酷に感じられました。

辰哉のことなど、もう世間から忘れられたような気がしたからです。


北見がどの映画を見たのかわかりませんが、この雑誌で特集を組まれている俳優の主演映画もその映画館で上映されていました。

シフトまでまだ十五分ほどあったので、泉は更に雑誌のページをめくると、次の瞬間、その指が止まります、

波留間島.JPG

そこに写っていたのは、波留間島の海でした、毎日のように泉が見つめていた、あの海でした。

リゾート特集の巻頭ページで、今にも駆け出していけそうなビーチがページの中できらきらと輝いていました。

慌ててページを閉じた泉は、制服に着替えようと、ロッカー室に向かいます。

波留間のペンションに届いた辰哉からの手紙は、数日後、泉の手元に転送されてきましたが、それは短い手紙でした、泉は記憶してしまうほど、その手紙を繰り返し読んでいました。

『小宮山泉様

返事を出すべきか、とても迷いました。

でも、どうしても一つお伝えしたくて書きます。少し乱暴な言い方になるかもしれません。

許して下さい。

今回僕が起こしたことは、泉さんには一切関係ないことです。

僕は泉さんのためにやったのではありません。

僕とあの人の間で起こったことです。

だから泉さんには早く忘れて欲しいと思っています。

泉さんが波留間を離れたことを聞きました。

それでよかったと思います。

泉さんがどこか新しい場所で、新しい人生を生きてくれることを、僕は心から願っています

もう手紙は送らないで下さい』



いま、すでに10月19日になってしまいましたが、

ここまでが、10月18日朝刊掲載のストーリーで、やっと追いつきました。


海を眺めている挿絵の男の子はきっと辰哉です、

泉が事件にあい、もしかして死んでしまうんじゃないかと不安と後悔でいっぱいで、でも何も出来ず、毎日毎日この場所に来ていた辰哉だと、私は思っています。

辰哉が田中を刺したのは自分のせいではないのか、と負い目を感じている泉でも、

泉を好きだった辰哉の気持ちには、いまだに気づいてはいない。。。

辰哉のこれからの人生を思うと本当に胸が痛いです。


どこか新しい場所で、新しい人生を生きてほしい、手紙は送らないで、だなんて。。。

泉、それでいいの?!




タグ: 辰哉 怒り
posted by ふ〜みん at 01:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読売連載「怒り」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



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